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東京高等裁判所 昭和50年(ラ)587号 決定

抗告人 長沢啓介

右代理人弁護士 田辺幸一

右復代理人弁護士 若柳善朗

相手方 島田好子

右代理人弁護士 宮沢洋夫

同 市川幸永

同 須賀貴

主文

原決定主文第二項を次のとおり変更する。

相手方は抗告人に対し金一二万円を支払え。

抗告人のその余の抗告を棄却する。

理由

第一  本件抗告の趣旨は、「原決定を取り消す。相手方の本件申立を棄却する。」旨の裁判を求めるというのであり、抗告の理由は別紙のとおりである。

第二  当裁判所の判断は次のとおりである。

(土地の賃貸借と建物の焼損)

(1)  記録によれば、次の事実を認めることができる。

原決定添付目録(一)記載の宅地七四六・五七平方メートル(右土地は、昭和四六年七月一日土地区画整理法の換地処分による換地であって、従前の土地は熊谷市大字熊谷字桜町三六四二番二宅地外三筆である。)は石川大六の所有であり、抗告人は石川からその一部を賃借している者であるが、昭和二一年一月三一日相手方の亡父島田幸作に対し、抗告人の賃借地の一部である原決定添付目録(一)記載の土地部分四二・九七平方メートル(実測五九・三九平方メートル。以下「本件土地」という。)を賃貸(転貸)し、島田幸作は本件土地上に同目録(二)記載の建物(以下、「本件建物」という。)を所有していた。しかるに、島田幸作が昭和四三年九月二日本件建物を相手方に贈与し、これに伴い、本件土地の賃借権(転借権)を相手方に譲渡したところから、抗告人と相手方との間に紛争を生じ、抗告人は相手方を被告として浦和地方裁判所熊谷支部に対し、建物収去土地明渡請求訴訟を提出した(同裁判所昭和四五年(ワ)第一二二号事件)。しかし、右事件について昭和四七年九月六日訴訟上の和解が成立し、(1)右当事者双方は、本件土地について抗告人を賃貸人、相手方を賃借人とし、期間を昭和二一年一月三一日から昭和五一年一月三一日とする賃貸借契約の存することを確認すること、(2)賃料は昭和四七年五月以降一か月金一〇六〇円とすること、(3)相手方は本件建物につき無断で増改築をしてはならないことなどを骨子とする合意が成立した。もっとも、相手方は、昭和四〇年三月ころから肩書住所地に存する夫島田武名義の二階建居宅に家族とともに居住し、昭和四五年五月相手方の母が本件建物から右居宅に転居してきた以後は、本件建物を第三者に賃貸していた。ところが、昭和四九年五月二日原因不明の出火により本件建物のうち三畳間(押入れ付き)、四畳間及び台所の部分(本件建物の床面積の約二分の一に当る。)が焼損し、右部分を改築しないと本件建物全体を居宅として使用することができない状態となった。そのため前記第三者も本件建物を引き払った。

このように認められる。

なお、本件土地賃貸借契約は、相手方の父島田幸作の不法占拠を抗告人が承諾せざるをえなくなったことから締結されるに至ったという抗告人主張の事情を認めうる資料はない。

(2)  本件土地賃貸借契約は昭和五一年一月三一日に期間が満了したところ、記録によれば、抗告人は、右期間満了に先立ち、昭和五〇年一〇月二四日相手方に到達した内容証明郵便をもって、自己使用の必要を正当の事由とする更新拒絶の通知をしたうえ、昭和五一年二月中、相手方を被告として浦和地方裁判所熊谷支部に対し、本件土地賃貸借契約の終了を理由に建物収去土地明渡の訴訟(同裁判所昭和五一年(ワ)第二二号事件)を提起し、右訴訟は現に係属中であることが認められる。しかし、本件建物は一部焼損したとはいえ、現存しているのであるから、原則として、本件土地賃貸借契約は更新されるべきものであり(借地法第四条第一項)、抗告人がした更新拒絶の当否は、主として、抗告人と相手方双方の土地使用の必要性の有無、程度など諸般の事情の比較衡量を中心とする正当の事由の有無の判断にかかるものであるところ(相手方の土地使用の必要性を判断するについては、相手方が抗告人の承諾もしくはこれに代わる裁判を得たうえ、地上の本件建物の焼損部分を旧に復する必要性の如何が斟酌されるべき重要な事情となることはいうまでもない。)、本件に顕われた資料によってみる限り、抗告人の更新拒絶に正当の事由が具備し、契約の更新を肯定できないことが明白であるとは断定できないのであり、したがって、本件においては、前記期間の満了に伴い本件土地賃貸借契約は更新されたものとして判断を進めることとする。

(改築の相当性の有無)

記録によれば、本件土地は熊谷市内の官庁、商店街の近くに位置しており、社会経済的な見地あるいは防災その他都市計画上の観点からすれば、本件土地は、本件建物のような木造平屋建の普通の居宅の敷地としてよりは、堅固な中高層建物の敷地として使用する方がいっそう効率的であり、かつ、望ましいものであることが窺われるが、他方、現実には、当事者は、本件土地を本件建物の敷地として使用することを目的とする賃貸借契約関係を長年に亘って継続して、現在に至ったものであり、しかも、相手方が本件において裁判所の許可を求めている改築(以下「本件改築」という。)は、記録上認められるその具体的計画に照らすと、本件建物の既往の規模、構造、用途をいささかも変更するものではなく、ただ右建物のうち不時の火災により焼損した部分に手を加えて建物全体を従前どおりの状態のものに回復するために必要な修築を施すというにすぎないものであるから、これを本件土地の通常の利用上不相当であるということはできない。

次に、抗告人は、本件改築は、本件建物の敷地が建築基準法第四三条第一項所定のいわゆる接道義務の要件を充たさないから、建築確認を得られないものであると主張する。一般に、当該増改築が建築基準法に違反し、同法所定の建築確認を得られないことが明らかである場合には、借地法第八条の二第二項にいう土地の通常の利用上相当とすべき増改築にはあたらないと解されるところ、記録によれば、本件建物の敷地は都市計画区域内に存することが認められるから、本件改築については、建築基準法第六条第一項第四号の規定により建築主事の確認を得なければならず、右確認を得るためにはその敷地が同法の前記法条所定の要件を充たす必要があることは、抗告人の主張するとおりである(なお本件建物は、従前は、建築基準法第三条第二項所定の適用除外建物であったが、本件改築については同条第三項第三号、第八六条の二の規定により前記第四三条第一項の規定が適用されるものである。)。ところで、記録によれば、本件土地はその西側において長さ六・〇五メートルに亘り、幅員約一・五メートルの通路に接しており、右通路は一〇メートル余りで公道(北大通り)に達すること、本件建物に居住する者は、永年に亘り、右通路を公道に通ずる道路として使用してきたことが認められる。右の通路は幅員が約一・五メートルしかないため、建築基準法第四二条第一項に規定する道路に該当しないことが明らかであるが、右通路につき同条第二項の規定に基づく特定行政庁の道路の指定を受ければ、右通路は同条第一項の道路とみなされ、これにより、本件建物の敷地は同法第四三条第一項所定の要件を充たすこととなるのである。そうとすれば、右道路指定を受けることを期待できないと認めるべき事由のみあたらない本件においては、相手方において本件改築につき建築確認を得られないことが明らかであるとはとうてい言うことができないから、この点に関する抗告人の主張は採用することができない。

また、抗告人は、相手方に改築の現実的な必要がないとして、本件改築の不相当性を強調する。そして、抗告人が肩書住所に居住し、本件建物は第三者に賃貸していたが、出火後は右の第三者も本件建物も引き払ったこと、抗告人が昭和五一年二月中相手方を被告として浦和地方裁判所熊谷支部に対し、本件土地賃貸借契約の終了を理由として建物収去土地明渡の訴訟(同裁判所昭和五一年(ワ)第二二号事件)を提起したことは前記のとおりであるが、以上のような事情があるからといって本件建物改築の必要がないというのは抗告人の一方的な見方であって、失当というべきである。

(許可の付与と財産上の給付について)

当裁判所は、本件土地賃貸借契約関係の内容と従来の推移、本件土地の状況、本件建物を改築すべき事由、改築の規模など諸般の事情を勘案し、本件改築につき許可を与えるとともに、当事者間の利益の衡平を図るため財産上の給付を命ずるのが相当であると思料する。

そこで、財産上の給付の額について検討する。

(1)  一般に、賃貸人は、増改築禁止の特約によって、存続期間満了前における建物の朽廃によって賃借権が消滅することに対する期待を有する立場にあるから、建物の増改築によってその朽廃時期を遅らされ、右期待を裏切られる不利益を被るものといえる。本件においても、相手方の本件改築の具体的計画によれば、本件改築は本件建物全部を取り毀して新築をするものではないが、従前の床面積の約二分の一に亘るものであることが明らかである。しかし、記録によれば、本件建物は終戦後間もないころに建築された建物であることが窺われるものの、本件建物のうち前記計画の上で残存する部分が近い将来において朽廃が問題になる程度に達しているものとは認められないから、たとえ本件改築に附随して右残存部分になにがしかの補強が加えられ、全体としての本件建物の耐用年数に多少の延長をもたらすとしても、賃借権の残存期間が相当に長い本件土地賃貸借契約において、本件改築が賃貸人である抗告人に対しさして著るしい不利益を与えるとはいい難い。

(2)  記録によれば、抗告人主張のとおり、本件土地賃貸借契約の成立に際し、権利金、礼金の類いの金員は授受されなかったことが認められるが、その当時、本件土地を含む地域の賃貸借取引において、そのような金員の授受が一般的慣行となっていたことを認めうる資料がないのみならず、そもそも右金員の授受がなかったからといって、財産上の給付額を多い目に算定しなければならないとする合理的根拠はないといわなければならない。

(3)  一般に、土地賃貸借契約の期間満了に伴って賃貸人の更新拒絶により契約が終了する場合、賃借人は賃貸人に対し、地上建物の買取を請求することができるから、右期間満了前に右建物の増改築をされると買取価格が増大し、それだけ賃貸人が不利益を被るおそれがあるといえるが、抗告人が現に期間満了を理由として相手方との間で係争中の前記訴訟において右期間満了による相手方の借地権の消滅が明らかであるといえないこと前記のとおりである以上、右訴訟における建物買取請求権の行使を前提としてこれにより抗告人がこうむることあるべき不利益をしんしゃくすることは相当でなく、また、右期間満了の時から更に二〇年後において買取請求権が行使された場合に本件改築が右買取価格にどのような影響を及ぼすかを判定することは困難であるから、結局本件において改築による建物買取価格の増大という不利益を確定的かつ重要な要素としてしんしゃくすることは、適当とはいい難い。

(4)  以上検討したとおりであり、本件においては、本件改築によって抗告人がこうむるべき不利益としては本件建物の朽廃時期の遅れによるそれを主眼とすべきところ、右の不利益を過大に評価することができないことは前述のとおりであり、他方相手方は本件改築により本件建物の一部焼失によって喪失した効用を回復すること以上に特に顕著な利益を得るとは認められないこと、抗告人が原審の第三回審問期日において、「本件の財産上の給付額についての抗告人の意見は原審における鑑定委員会の意見に示された承諾料の額である金一一万五三〇七円と大差ない。」と述べていること、その他の諸般の事情を考慮するときは、財産上の給付額は金一二万円と算定するのが相当である(因みに、記録によれば、本件土地の属する熊谷市仲町北大通り沿いの土地の相続税財産評価基準は、固定資産税評価額に一・六を乗じて算定するものと定められており、本件土地を含む原決定添付目録(一)記載の宅地七四六・五七平方メートルの昭和五一年度の固定資産税評価額は金三〇六一万九六三五円であることが認められるから、本件土地(実測五九・三九平方メートル)の割合的な相続税評価額は金三四二万九三九八円となる。そして、本件土地を含む前記土地の更地価格は右評価額の二・五倍以上と考えられるから、本件土地の更地価格は、同土地が北大通りに面せず、これより更に一〇メートル余り奥に入った位置にあることを考慮しても、なお金八〇〇万円を下らないものと認められ、他方増改築の許可に伴う財産上の給付に関する多くの裁判例が採用している給付額割合及び本件改築が建物一部の改築であることをしんしゃくして、給付額割合を右更地価額の一・五パーセントとして試算すると、金一二万円となる。このこともまた、上述の結論を支えるものといえるであろう)。

(結論)

以上の次第であって、本件改築につき許可を求める相手方の本件申立はこれを認容すべきであるが、右許可を与えるとともに、相手方に対し、財産上の給付として金一二万円の支払を命ずるのが相当である。よって、原決定中本件改築につき許可を与えた部分に対する本件抗告は理由がないから、これを棄却することとし、相手方に対し、財産上の給付として金七万円の支払を命じた部分は金一二万円の支払を命ずるように変更することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 中村治朗 裁判官 蕪山厳 髙木積夫)

〈以下省略〉

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